仕事が決まらない焦り・・・・不安
自分がまだサラリーマンだったころ、子供4人がまだ学生で、末っ子が生まれたばかり、当時勤めていた会社でリストラ発表・・・
すさまじい不安がよぎりました。当時自分は工場長だったのですが、前社長が半年前に辞めて会長の息子がそのまま社長になったのです。息子は専務で仕事の打ち合わせとかで激論と飛ばした戦友ともいうべき男です。
当然当時の経営状況は工場長たるもの、すべて周知のこと。
小さな町工場の板金職人の会社だったので従業員は30人程度。板金工場としてはそこそこ大きくて、日産、カスタムトラックメーカー、航空機メーカーからの受注もあり、リストラ前はそこそこ売り上げがあったが、リーマンショックで倒産寸前に。
仕方なく社長とリストラの話し合いも。
これは仕方ない。会社の経営を守るために従業員に痛みを伴うのは経営として仕方ないのです。
しかしバカですね。自分から、
「工場長は単価高いでしょ?自分が辞めるなら他の2人は守られる」
と言い、会社を去ったのです。当時小さい会社とは言え、工場長、年収600万とそこそこもらっていましたが、若い従業員の給料は半分以下ですよ。これは自分が辞めるべきと社長に打診、止められるも去ることに。
30代後半で600万の零細企業はほぼないのですが、就職活動に入りました。
無茶苦茶プレッシャーな中年の就活
40代後半で工場長に大抜擢されたのは単純に人をまとめるのがうまいわけじゃなく、オールマイティーに仕事がこなせただけ。零細企業なんてそんなマネジメントテクいりません。仕事ができるだけでいい。会社のすべての機械をマスターして、図面もひける、商品の運搬に4トンロングも転がせる、これだけで会社の工場長になったわけです。なのでマネジメント業務以外で職人としてでは600万なんて行くわけないです。それ以下だと生活できない・・・
すさまじいプレッシャーが。かみさんにパートお願いする?ちょっと無理。
何かを犠牲にする
普通一般作業人で当時40歳の年齢で年収600万円ってそう簡単にとれるものではありません。450万が限界かと。
業務的にですね。プログラマーならいけますが、プログラムはかけない。
節約ということで、今の水準を犠牲とする選択をしました。これは必然となりますね。無い袖は振れません。年収600万をキープできる仕事に就ける前に破産ですよ。とにかく一刻も早く働かないとという焦りで。なので働くけど、年収ダウンは受け入れるしかない。今までの水準をシェイプすればいい。
そもそも残ってもあの会社では年収が200万ダウンするのはわかっていましたので。現在働いている人とたまに連絡しますが、元の給料には戻っていないそうです。
焦って不安になるくらいなら給料下がってでも働け
自分の決断でリストラに手を挙げたのだから、右往左往しないで、とっとと仕事探しちゃいましょう。水準下げてもいいならそこまで決まらないことなんてないでしょう。ちなみにリーマンショック直後でしたので、恐ろしいほど仕事がなかったと記憶しています。
それでも、有給消化中に次が決まりました。板金工場と全く違う道を選びました。設計開発です。3DCADが使えることで開発にトライできるということでその会社で5年間お世話になりました。結局その会社は5年後に業務縮小で去ってしまいました。そのころから電気工事で独立しまして、現在の田舎暮らしになります。
仕事のカテゴリを広げろ
自分はこういった仕事をやってきたから次も・・・・
これも確かに良いことです。そのことの専門家だからです。しかし専門的に難しい仕事ならともかく、数年でできる仕事だったらまた次の選択とするのはどうかと思います。もちろんその職に就けるなら良いのですが、絞るほど職探しがきつくなります。メンタル的にもしんどいです。
とにかく就職難なら網を広げましょう。就く仕事のカテゴリを大きく取り、できる限り多くの面接をしましょう。就活で動いている限り、焦り不安も減ってきます。よどんだ水にはボウフラがわきますが、常に流れている水にはボウフラは湧きません。不安は止まったところにやってくる。
自分に何ができるのか?少しでもいい。すべて紙に書ききって、自分のスキル棚卸しましょう。何か見えてくるものです。少なくても自分はその卓越した戦闘能力があったと思います。どんな不況だろうが、4人育ててきました。何度リストラされたか?そのリストラもすべて自分で志願してます。自分が去れば残れる人もいるだろうという気持ちから。
こんな正義感は不要ですが、新たなことがしたいという気持ちがすさまじい人間なんです。飽きっぽい男。でもそれで人生楽しいですね。リストラされなければずっと変わらない生活、面白くないです。リストラ感謝。これくらいふてぶてしく、攻撃的に攻めましょう!
不安や焦りを、ピンチはチャンス!この決意で男だったら一度は戦いましょう!
もし、君が年老いて、過去を振り返るときが来たなら、危機は自分の人生を充実させた最も幸福な瞬間であったことに気づくだろう
石原慎太郎氏の言葉
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